w=m^2
翻訳の添削をしていると、「意味は合っているけど違和感がある」といった表現に遭遇することがあります。極端な例として、「こうしたら、性能がすごく良くなる。」を「これにより、性能が著しく向上する。」と添削したとします。意味は同じじゃないか、と言われたときに、このような修正の正当性を「論理的に」説明するのは、意外に難しいと感じることがあります。 そこで、私が考え出したのが、w=m^2という尤もらしい定理です。単語(word)は、通常、意味(meaning)と結びつけられて理解されていますが、単語には、もう一つ、ムード(mood)というパラメータがあると思われます。昔話の文脈で、「老婆が河川の岸で洗濯を行っていると、河川の上流より著しく巨大な桃が・・」と書くのは変です。川端康成の「雪国」の有名な冒頭「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」の「抜ける」を「通過する」と書き直して、「国境の長いトンネルを通過すると雪国であった」としただけでも、叙情的な雰囲気が随分損なわれてしまう気がします。 「ひるめし」、「昼食」、「ランチ」、「お昼ご飯」…など、日本語は、本来の大和言葉と漢語、更にカタカナで表される外来語によって、他の言語に比べて語彙が非常に豊富になっています。これらは、結局は同じ意味を指しているわけですが、それぞれの単語にムードがあり、文脈に合わないムードの言葉を選択すると違和感が生じてしまいます。 英語でも、テクニカルライティングの世界では、getやtakeなどの基本的な動詞と副詞や前置詞を組み合わせた句動詞より、フランス語から輸入された、所謂ビッグワードが好まれる傾向にあるようです。例えば、火を「消す」については、「put out」や「get rid of」などとも言えますが、技術文献では、「extinguish」といった硬い表現が好まれます。これは、日本語の技術文献で、大和言葉より漢語が好まれることと似ています。